ブログ トニー・パーカー 引退

Published on 6月 18th, 2019 | by Tunaパスタ

0

トニー・パーカーが引退

ついに“スパーズビッグスリー”の最後の一人であるトニー・パーカーが、その輝かしいプロバスケットボールキャリアに終止符を打つ決断をした。

パーカーは現地10日、『The Undefeated』のインタビューでNBAから引退することを正式に発表。引退を決意した理由について、「トニー・パーカーでいられなくなったから」と語った。

「いろいろな理由で今回の決断に至った。でも結局のところ、『これ以上トニー・パーカーでいられないのなら、優勝を狙えるポジションにいられないのであれば、もうバスケをしたくない』と思ったのが大きい」
– トニー・パーカー

今季のパーカーは、デビューから17年間を過ごしたサンアントニオを離れ、シャーロット・ホーネッツの一員としてシーズンをプレイ。昨年のオフシーズンには「あと3年現役を続けて、キャリア20シーズンを目指したい」と話していたばかりだったので、個人的に今回の突然の引退宣言はかなりショックだった(しかもファイナルの真っ最中に!)。

パーカーがプレイオフに進出できなかったのは、18年のキャリアで今年が初めて。スパーズ時代と大きく環境が変わり、いろいろと思うところもあったのだろう。

「僕がスパーズのスターターだった17年間では、すべてのシーズンで優勝に手が届くと本気で思っていた。だから新チームに移籍して、『優勝の可能性はゼロ』と思いながらプレイするのは奇妙な気分だったよ。シャーロットでは素晴らしい時間を過ごしたし、チームメイトたちも最高だった。でも僕は勝つためにプレイしたいんだ。フランス代表チームで金メダルを目指した時も、スパーズでNBA制覇を目指した時も、ずっと考え方は同じだった」

「もしチャンピオンシップを目標にプレイしないのであれば、『俺は何のためにプレイしているのか?』という気持ちになってしまう。そういった理由から、愛するバスケットボールをプレイするための集中力やモチベーションを維持するのがメンタル的にとても難しくなってしまったんだ」
– トニー・パーカー

2001年ドラフト28位指名、19歳でNBA入りしたパーカーは、18レギュラーシーズンで通算1254試合に出場し15.5得点、5.6アシストを平均。オールスターに6回、オールNBAチームに4回選出された。

ポストシーズンキャリアはさらに華やかで、デビューから17年連続プレイオフ進出を果たして226試合をプレイし、平均17.1得点をマーク。その間にスパーズの4度の優勝に大貢献し、2007年にはヨーロッパ出身の選手としてNBA史上初となるファイナルMVPに輝いた。パーカーはプレイオフの通算アシスト数で歴代5位、出場試合数で歴代6位、得点で歴代9位の数字を残している。

またパーカーは、フランス代表選手として15年間に渡りFIBAやユーロバスケット、オリンピックなどインターナショナルのステージでも大活躍。2013年ユーロバスケットでフランスを初優勝に導いて大会MVPに輝いた他、2015年にはユーロバスケットの通算得点で歴代1位に浮上した。

パーカーはフランス出身の選手たちがNBAに進出するための土台を作ったプレイヤーだ。NBAと国際大会での功績を考慮すれば、将来のバスケットボール殿堂入りは確実だろう。

「今日、1人のバスケットボールレジェンドが引退を発表した。ヨーロッパの若者たちに『NBAの夢は達成可能』だと実感させてくれた世代を代表するプレイヤー。将来のバスケットボール殿堂入り選手。僕にとってライバルでありチームメイト、ロールモデル、そして兄弟だ」
– パウ・ガソル

スピンムーブとティアドロップ

ティム・ダンカンとマヌ・ジノビリのインパクトが強烈すぎたこともあってか、人気度や知名度、チームに置ける存在感ではずっと“スパーズビッグスリーの3番手”というイメージのあったパーカー。だがスパーズの“ベストプレイヤー”としてチームを引っ張った時期もそれなりにある。特に00年代終盤から10年代序盤の数年間は確実にチームのエースだったと言えるだろう。

近年では少し忘れられがちだが、若い頃のパーカーはどれだけ吹き飛ばされようとも接触プレイを微塵も恐れることなく、常に全速力でペイントエリアに突っ込んでいく最高にタフな選手。尻から着地するような場面があまりにも多かったので、「いつか尾てい骨が粉々になるのでは?」とたびたび心配したものだ。

パーカーの必殺技と言えば、トップスピードから消えるように相手を抜き去るスピンムーブ、そしてブロック不可能なティアドロップ・ショット。

パーカーはこの2つのシグネチャームーブと巧みなフットワーク、リーグ屈指の速さを武器にペネトレーションからインサイドで得点を量産。若い頃には、ペイントエリア得点でリーグ首位になったシーズンさえある(2006年)。

身長190cm以下のガード選手がNBAでこれを達成するのは驚異的なことだ。全盛期のパーカーは、オンボールでの直線スピードにおいて恐らくリーグ最速だっただろう。

▼パーカーのフットワーク

「洗礼されたフットワークに、最高級のフローター。素晴らしいリーダーでありチャンピオン!あなたと戦えたことを誇りに思う。あなたの引退生活が充実したものになりますように」
– ジェレミー・リン

キャリア中盤あたりからはミドルレンジショットも武器に追加。そうしてパーカーは身体能力が衰え始めてからも第一線で生き残り続け、スピード命だったアンダーサイズのガードとしては異例とも言える18年という息の長いキャリアを送った。

関係者たちの反応

スパーズのグレッグ・ポポビッチHCは、USAバスケットボールに関するカンファレンスコールで元教え子の引退について言及。

「トニーが素晴らしいキャリアを送ったのは一目瞭然。彼が19歳の頃に出会い、選手として、人間として、ビジネスマンとして成長していくのを見守ることができた。それはとても幸運なことだったよ。トニーはユニークで素晴らしい人間で、私はずっと彼にぞっこんだ。トニーがこれからもアクティブであり続け、残りの人生、そして家族との時間を楽しんでくれることを願っている」
– グレッグ・ポポビッチ

同世代のライバルたちからも惜しみのないリスペクト:

・クリス・ポール

「メンターであり、競争者であり、兄弟…。右から左に揺さ振るクロスオーバーからのステップバック。未だに止め方が分からないスピンムーブ。そして無限のフィニッシュパターン!大好きなTPへ。殿堂入りのキャリアにおめでとうを言わせてくれ!」

・ドウェイン・ウェイド

「トニー・パーカーのキャリアは本当に素晴らしかった。バスケットボールはまた1人偉大な選手を失うことになるが、長年活躍したTP9に感謝」

・ジャマール・クロフォード

https://twitter.com/JCrossover/status/1138181137983975425

「TPは1日契約でスパーズに戻ってから引退すべきだよね?」

ジャマール・クロフォードの言う通り。パーカーにはスパーズとして引退してほしい。

最後はマヌ・ジノビリのメッセージで締めくくりたいと思う。

「この男と多くを共有できて誇りに思う。素晴らしいキャリアを送った友人におめでとう!これからはテニスで勝負だ。バックハンドを磨いておけよ!」
– マヌ・ジノビリ

ありがとうパーカー。お疲れさまでした。

参考記事:「The Undefeated

Tags: ,


About the Author

いつもたくさんのコメントをありがとうございます。最近、返信が遅くなっており、申し訳ありません…



Back to Top ↑