カワイ・レナードとデマー・デローザンのトレードについて
切なさに満ちたトレードの成立だ。
ラプターズは恐らく球団史上最も愛されたスター選手を手放す苦渋の決断。その一方で、デビッド・ロビンソンの時代から約30年間にわたり、生え抜きの選手たちがずっとチームの中心であり続けたスパーズでは、一つの時代が完全に終わりを迎える。
サンアントニオ・スパーズは現地7月18日、トロント・ラプターズとの間でトレードが成立したことを発表。スパーズはカワイ・レナードとダニー・グリーンを放出し、ラプターズからデマー・デローザン、ヤコブ・ポエートル、2019年ドラフト1巡目指名権を獲得する。ESPNによれば、ラプターズのドラフト指名権は1位~20位のプロテクション付きで、2020年に持ち越された場合は2巡目指名権になるという。
デローザンがトレード放出される可能性は常にあった。『トロント・スター』のBruce Arthur記者によれば、ラプターズのマサイ・ウジーリ球団社長は以前からデローザンのトレードにオープンな姿勢だったという。とはいえ、こんな形で決別となったのは少なからず衝撃的。ラプターズは、1年のレンタルに終わる可能性が高いギャンブルのために、球団史上最もチームに貢献してきた選手を手放したわけだ。
「レナードはラプターズとの再契約に興味なし」と報じられている上、レナードの怪我の状態も不透明(身体検査の結果次第ではトレードが白紙の可能性も)。しかもESPNのChris Haynes記者によれば、デローザンはサマーリーグ開催中にラスベガスでラプターズの上層部と会談し、「トレードはない」と伝えられたばかりだったという。
ラプターズにとっても極めて難しい決断だっただろうが、チームに忠誠を誓っていた選手を手放し、他のチームでプレイしたいと考えている選手を獲得した事実を、将来のフリーエージェントたちがどのように受け止めるだろう?
特にラプターズは、これまでにドラフトで獲得したスター選手たち(トレイシー・マグレディ、ビンス・カーター、クリス・ボッシュ)をことごとく逃してきたチームであり、デローザンは生涯ラプターズを強く希望した初めてのフランチャイズプレイヤーだった。
デーロザンの元チームメイトたちも困惑している様子だ。
「ショックだよ。兄弟(デローザン)はトロントと球団に魂をささげてきた。彼は心からラプターズに忠誠を誓っていたが、裏切られてしまった」
– ルー・ウィリアムズ
https://twitter.com/DeMarreCarroll1/status/1019553355436314624
「何があろうとも、僕の中でトロント・バスケットボールと言えば、デマー・デローザンが思い浮かぶ。石像を立てるべき選手だ…」
– デマーレ・キャロル
https://twitter.com/TFlight31/status/1019548188662001664
「トロントのファンたちへ。デマー・デローザンの石像を建てるべきだと思う。どんな結果になるにせよ、彼にはその権利がある」
– テレンス・ロス
今回のトレードで最もショックを受けたのは、他の誰でもないデローザン自身だろう。トレード成立が報じられる少し前、デローザンはインスタグラムのストーリーで意味深なメッセージをつぶやいていた。
「聞いていた話と結果が違う。彼らは信用できない。このリーグに忠誠など存在しない」
– デマー・デローザン
その一方で、違う見方をしてみると、ラプターズが球団の信頼を傷つけるリスクを背負ってでもレナード獲得に踏み切った今回のトレードは、とても理にかなっている。
昨季レギュラーシーズンのラプターズは球団新記録となる59勝で大成功を収めたものの、肝心のプレイオフではカンファレンス準決勝で守備が機能しなくなり、キャブス相手に再びスウィープ敗退。ウジーリ球団社長はデローザンを中心とした体制に限界を感じたに違いない。
レナードの健康状態次第ではあるが、とりあえずラプターズは大幅なロスター強化に成功した。レナードはデローザンの能力をすべてアップグレードさせたような選手で、特に守備面では大きな差がある。またオフェンス面でも、アイソレーションやポストでの得点力が高いだけでなく、デローザンに匹敵するミドルレンジショットを持ち、さらにスリーにも強い。もちろん完全復活することが前提だが、デローザンがラプターズで任されていた役割を、さらに高いレベルでこなせるだろう。
レナードには、2014ファイナルMVP受賞をはじめ、プレイオフでステップアップしてきた実績もある。もし2016-17シーズンと同じレベルのパフォーマンスを取り戻せれば、来季MVPの最有力候補の一人となり、レブロン・ジェイムスに代わるイースタンカンファレンスのベストプレイヤーになれるはずだ。
▼レナード2016-17
またラプターズにとって、レナードと一緒にダニー・グリーンを獲得できたことも大きい。これでウィングの層がさらに厚くなり、ラインアップの幅が広がった。
例えば、3人ともが1~4番までスイッチできてスリーポイントショットも打てるレナード/グリーン/OG・アヌノビのスリーウィング・ラインアップは、攻守で破壊力抜群だろう。そこにPGでカイル・ラウリー、Cでパスカル・シアカムを入れれば、昨季ロケッツレベルのオールスイッチ・ディフェンスを展開することも可能で、ウォリアーズのスモールラインアップとも真っ向勝負できるかもしれない。ラウリー、レナード、アヌノビ(もしくはグリーン)のトリオが展開するペリメーターディフェンスはリーグ屈指レベルになるはずだ。
レナードが完全復活できれば、来季ラプターズはセルティックスと並んでイースト制覇の最有力候補になると思う。もし球団史上初のファイナル進出を果たせるなら、それだけでトレードは正解だったと言えるし、来夏FAでレナードの引き留めに成功すれば一世一代の大勝利。
シーズン60勝、ファイナル進出を実現する超強豪チームになれば、今はLAにしか興味がなさそうなレナードも気変わりするかもしれない(正直なところ、レナードが何を求めているのかさっぱりわからないので、何とも言えないが…)。今のところその可能性は低そうだが、ウジーリ球団社長には1年かけてレナードを説得してみせるという自信がそれなりにあるのだろう。
来夏にレナードが他のチームに移籍することになれば、予定よりも一足早く完全な再建に突入だ。そうなった場合、今回のトレードでOG・アヌノビやパスカム・シアカム、デロン・ライトら若手コアメンバーを失わずに済んだのが本当に大きい。また、本来なら3年後に直面するはずだった「30代のフランチャイズエース(ラプターズの場合はデローザン)にマックス契約を与えるべきかどうか?」というジレンマに悩まされることもなくなった。
もしシーズン途中で「レナードに再契約の見込みなし」と判断すれば、クリッパーズとレイカーズにトレードの話を持ち掛けるのも選択肢の一つ。もちろん多くの見返りは期待できないが、レナードの移籍希望先とされているLAのチーム同士を競わせれば、入札額をそれなりに吊り上げられるかもしれない。レナードのパフォーマンス次第では、76ersあたりも食いついてくるだろう。
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2010年のオフシーズンにクリス・ボッシュがラプターズを離脱した際、ルーキーシーズンを終えたばかりだった当時のデローザンは、「心配するな。俺に任せろ」とTwitterでファンたちに向けて約束した。その言葉の通り、デローザンはスター選手へと成長を遂げ、弱小チームだったラプターズをプレイオフ常連チームへと生まれ変わらせた。
そして2016年にFAになった時は、他のチームとのミーティングを一切設けることなく、契約交渉解禁からわずか2時間、本来のマックスサラリーよりも低い金額でチーム残留を決意。その後も努力を怠ることなく、毎年のように選手として成長し続けた。
ある意味、フランチャイズの救世主的な存在であるデローザンを、全盛期の真っただ中で、しかもギャンブル性が強いトレードで放出したことで、ラプターズのチームブランドが多少のダメージを負った部分はあるだろう。ただ厳しい言い方をしてしまえば、プレイオフでのデローザンがエースとして満足な結果を残せなかったのも事実だ。
そういった部分をひっくるめて考えると、ラプターズにとって今回のトレードは短期的/長期的な視点の両方で素晴らしい一手だったと思う。
これからのスパーズは?
▼ダニー・グリーンのハートフルなお別れメッセージ
「サンアントニオへ…。球団やファンのみんな、そしてサンアントニオの街へ。君たちに対する愛情を言葉で表すことなんてできない。長きに渡り“特別な何か”の一員でいさせてくれてありがとう。ここでのたくさんの輝かしい思い出は、これからも僕の一部であり続ける。良い時も悪い時も、君たちは常に僕を特別な存在だと思わせてくれた。誰よりも先に僕を信じ、チャンスを与えてくれたポポビッチHCとビュフォードGMには個人的に感謝を伝えたい。いつも僕を励まし、支えてくれたチームメイトたち(君たちと離れるのが一番つらいよ…)、それから僕を家族のように受け入れてくれたサンアントニオのコミュニティーにも感謝したい。君たちは僕の人生で常に大切な存在である続けるし、これからもずっとファミリーだ!本当にありがとう!トロントで新しいチャプターを始めるのが楽しみだ! #真のファンたちへ #ありがとう #一度スパーズになれば生涯スパーズ」
– ダニー・グリーン
今夏はトニー・パーカーとカイル・アンダーソンに加え、レナードとグリーンまで失うこととなったスパーズ。わずか1オフシーズンで全く別物のチームになり、2014年の優勝ロスターから残っているのは、パティ・ミルズと去就が不明なマヌ・ジノビリのみとなった(今夏FAで契約したベリネリを加えると3人)。
いちスパーズファンとして個人的な感想を言わせてもらえば、今回のトレードは少し物足りない気がする。デローザンは現リーグでトップ20に入るスター選手であり、誰よりも忠誠心と向上心を持った素晴らしい選手だ。即戦力という面で考えれば、デローザン以上のタレントを獲得するのは不可能だっただろう。
また2016年ドラフト9位指名のヤコブ・ポエートルは有望な若手7フッターであり、将来的に中堅クラスの先発センターへと成長できそうなポテンシャルを持っている。
だがフランチャイズスターを放出するのであれば、1からやり直すくらいの気持ちで、上位ドラフト指名権や有望な若手など、将来的な礎の獲得を最優先にして欲しかった。トレード相手がラプターズならば、せめてアヌノビかシアカムを取って欲しかった、というのが個人的な希望だ。
ESPNによると、トレードの有力候補とされていたチームは、レイカーズがブランドン・イングラム、セルティックスがジェイレン・ブラウン、76ersがマーケル・フルツをそれぞれオファーに含めなかったとのこと(スパーズがフルツを欲しがっていたかどうかは不明。噂によれば、エンビードかシモンズのいずれかを要求したらしい)。
セルティックスや76ersにとっては、レナードに再契約を検討する意思があるかどうかわからないことに加え、やはり健康状態の不透明さがネックになったようだ。そしてレイカーズは、来夏FAでレナード獲得を目指す選択をした。なので、そもそもラプターズ以上のオファーが存在しなかったのかもしれない。
昨季スパーズは、エースのレナードがほぼ全休する中、シーズン47勝を達成してプレイオフ進出を果たした。そこにオールスターのデローザンが加入すると考えれば頼もしい限りで、これまで以上にミドルレンジ多発の時代と逆行したスタイルになるかもしれないが、主力の怪我さえ回避できれば、今後2シーズンは50勝を狙えるエリートチームでいられるだろう。
だが2~3年後は一体どんなチームになるのか?これまでが恵まれすぎていたため、自分の感覚が少し麻痺しているのかもしれないが、今のスパーズからは長期的なビジョンがまったく見えてこない。デローザンの獲得に関しても、結果として、いずれ直面しなければならない再建を先延ばしにしてしまったようにも感じる。
ウォリアーズの天下はまだしばらく続きそうなので、今のうちにタンキングして将来のフランチャイズスター候補獲得を目指すのも選択肢の一つだったが、スパーズはグレッグ・ポポビッチHCの残り少ないコーチングキャリアを再建で終わらせるつもりは一切ない。それについてはすごく理解できる。
来季に向けて目下の課題は、レナードとアンダーソンの移籍で空白ができたスモールフォワードポジションをどう埋めるか?とりあえずはルディ・ゲイが先発SFを務めることになりそうだが、ゲイの理想のポジションはパワーフォワード。なので、時にはデローザンやベリネリらSGが3番に入るなど、昨季以上にスリーガードのラインアップが多くなりそうだ。ジノビリのプレイタイムもさらに増えるかもしれない。
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こんな形でスパーズの黄金時代に完全に終止符が打たれてしまったのは本当に残念だ。レナードとの決別は覚悟していたものの、実際に確定してしまうと思っていたよりも辛い。しかもグリーンまで一緒にいなくなるなんて…。
頭の中が少しネガティブになってしまっているが、来季開幕時には気持ちを切り替えて、デローザンとオルドリッジが中心となる新生チームを全力で応援したいと思う。
▼デローザンは今オフもバスケ漬けの日々
それから、レナードとグリーンのこれからの活躍にも期待。グリーンには感謝の気持ちしかない。レナードには、このままラプターズ残留でフランチャイズプレイヤーとなり、いつか球団に初優勝をもたらすようなスーパースターになってほしいと思う。
参考記事:「NBA」