ブレイク・グリフィンのストーリー 「ボスの話」
アメリカに『The Players’ Tribune』(ザ・プレイヤーズ・トリビューン)というウェブサイトがある。設立者はニューヨーク・ヤンキースのデレク・ジーター。世界で活躍するプロアスリートたちがマスコミのフィルターを介さずに生の声を投稿する、いわばアスリートの、アスリートによる、ファンのためのスポーツコラムだ。
先日、ロサンゼルス・クリッパーズのブレイク・グリフィンが自らの近況と体験談をこのサイトに寄稿し、人種差別発言でNBAから追放となったクリッパーズの元オーナー、ドナルド・スターリングとの苦々しい思い出話を赤裸々に綴った。これまで公の場で絶対に語られることのなかったグリフィンの心の声である。
<※以下、『The Players’ Tribune』の記事を抄訳>
『The Boss』
ドナルド・スターリングが俺の手をつかんでいた。年配の女性たちが誰かをエスコートするときによくやるあれだよ。指先だけで相手の手の上をつかむ仕草。彼はそんな風に指先で俺の手をつかんでいた。
俺はその日、カリフォルニアのマリブでスターリング主催の毎年恒例「ホワイト・パーティー」に出席していた。スターリングに会ったのは、クリッパーズが俺をドラフトした2009年の春以来、その時が初めてだ。彼は下にテニスコートが見渡せるバルコニーに俺を案内してくれた。
パーティーの会場はそのテニスコートだ。真っ白なテントに、真っ白なパラソル。俺も全身ホワイトの服装。参加者全員が白を着込んでいた。
で、ドナルド・スターリングさまだ。バルコニーに立って、誇らしげにパーティー会場を見下ろしている。全身黒の服装でね。
「どうだ、素晴らしいと思わんかね?」、彼は俺に向かってそう言った。
俺は下の階に逃げ出すチャンスをずっとうかがってたよ。チームメイトを探し出して、パーティーに溶け込もうってね。それでスターリングから手を引っ込めようとしたんだ。でも失敗。そこから俺はさらに奇妙な展開に巻き込まれていくことになる。
モデルみたいな金髪美女2人が俺の両隣にやって来た。彼女たちがこの日のために雇われた娘だってすぐにわかったね。だって、4XLサイズのクリッパーズTシャツを着て、裾をお腹のところで縛ってたんだぜ。
スターリングの方に目をやると、彼はすごく間抜けなニヤケ顔を浮かべていた。俺は女の子に視線を戻して、目で語りかけてみた:「えーっと、こんなことする必要ないんだよ」。そしたら彼女はこっちを見返しながら訴える、「えーっとね、やらなきゃだめなのよ」
俺は両手に美女を抱えながら階段を降りた。これでもう終わりだよな、なんて甘い希望を抱きながら。でもやっぱり終わらなかった。階段を下まで降りると、スターリングがまた俺の手をつかんだ。俺は必殺の「シェイク・アンド・リリース」を使おうとしたよ。でも駄目だ。彼は俺の手を離さなかった。
「なあブレイク、素晴らしと思わんかね?みんなに君を紹介せねばな」
ドナルド・スターリングは文字通り会場の全員に俺を紹介した。すべてのグループに、毎回まったく同じセリフでね。もちろん俺の手をしっかりと握りながら:
「みなさん、我々の新しいスターにはもう会いましたかな?こちらはブレイクだ!彼はNBAのドラフトで1位指名だった男だ。ナンバーワンだよ!さてブレイク、君はどこの生まれだったかな?」
「オクラホマ出身です」、と俺は答える。
「オクラホマ!!ではロサンゼルスの街をどう思う?みなさんに聞かせてやりなさい」
「すごく良いです」、と俺は答える。
「じゃあロサンゼルスの女をどう思う、ブレイク?」
これとまったく同じ会話を、パーティーに参加していたすべてのグループに聞かせてやった。
ときどきスターリングが誰かとしばし話し込むことがあってね。そんなとき俺はさりげなく姿を消そうとするんだ。でもスターリングはすぐに手を伸ばして、また俺をつかむ。会話中の相手から一切目線をそらすことなく。言いたいことをすべて言い終えると、スターリングはくるりと方向転換して、また次のグループへと俺を引っ張っていく。
「…我々の新しいスターにはもう会いましたかな?」
こんな感じで自己紹介は延々と続いた。そう言えば挨拶回りの途中、この手のパーティーにやたら慣れていそうな男がやってきて、俺にこう耳打ちしてくれたな:
「とりあえずニコニコしていればいい。そのうち終わるから」
君たちはここまで読んだところで、どうして俺がさっさと手を振りほどかなかったのか不思議に思っているかもしれない。もしくは、どうしてさっさと家に帰らないんだ?ってね。
その理由の一つは、俺がオクラホマ育ちの20歳のガキだったからさ。いや、もし25歳だったとしても、同じ成り行きになっていただろうな。あの男は俺のボスだったんだ。考えてみなよ。もし君の雇い主が同じことをしてきたら、君はどうリアクションする?
※ ※ ※
クリッパーズが俺をドラフトしてくれると知った日、俺がまず初めにやったことは“ドナルド・スターリング”という名前をGoogleの検索バーに打ち込む作業だった。検索結果のトップにヒットしたのは、「ドナルド・スターリングはレイシスト」。スターリングは同じ建物の敷地内にマイノリティ人種が暮らすことを嫌う、そんな内容の記事を読んだ。
俺はまず最初にこう思った、「ワーオ!この男は正真正銘のレイシストだな…、どうしてNBAのオーナーで居られるんだ?」
そして次にこう思った、「ワーオ!2003年から2008年の記事まであるじゃないか。恐らく誰もがこのことを承知しているけど、特に気にしていないんだな」
選手である以上、俺たちはバスケットボール以外の事柄にあまり首を突っ込むべきじゃない。俺たちはただパフォーマンスに集中するべきなんだ。スターリングの過去に関する話を持ち出そうなんて、正直に言えば考えたこともなかった。だってその頃の俺に何ができたと?
ルーキー時代の俺が記者会見している場面をちょっと想像してほしい。「えーと…、お集まりのみなさん。今夜の試合について語る前にですね…。みなさんは我々のオーナーについて書かれた調査報道をご覧になられましたか?」
※ ※ ※
ホワイトパーティーの後は、しばらくスターリングに会う機会がなかった。実際のところ、彼が選手たちと交流することは滅多になかった。たまに顔を出しても、彼が一方的に喋りかけてくるだけだ。
あれは確かルーキーシーズンの後半だったかな。その日はホームゲーム。最前列のコートサイド席には、いつもの取り巻き連中を引き連れたスターリングの姿があった。試合中盤で相手チームの誰かにテクニカルファウルが与えられ、バロン・デイビスがフリースローを打つことになったんだ。
バロンがフリースローの準備をしていると、突然スターリングは腕を振り回しながら、誰ともなしに怒鳴り始めた:
「どうしてこいつにフリースローを打たせるんだ?どうしてこんなへたくそに!?こいつは最悪のフリースローシューターじゃないか!」
そのシーズンのバロンのフリースロー成功率は87%前後。その時フロアにいたチームメイトの中で、どう考えても最高のシューターだ。
俺はちょうどスターリングが座っていた席の真横のハーフコートラインのあたりにいて、その様子を横目で眺めていた。必死に笑いをこらえながらね。相手チームの方に目をやると、「何が起こっているのかさっぱりわからない??」って顔をしていたよ。
バロンは表情一つ変えなかった。ラインまで歩いていき、わめき散らすスターリングには一切目もくれず、きっちりとフリースローを沈めた。試合後のロッカールームでも、誰もそのことに触れさえしなかったと思う。みんなもう慣れっこだったんだ。どこか滑稽で哀れな出来事だったよ。あの男は気が狂っていたとしか思えない。
この奇妙な出来事が「SportsCenter」(ESPNのスポーツ情報番組)で取り上げられることはなかった。ローカルの新聞さえも総スルーだ。どうして公認のレイシストが誰からも咎められることなく、NBAチームのオーナーで居られたのか不思議に思うかい?ならばまず考えてみてほしい。チームのオーナーが数千人の観客、数百台のカメラの前で、チームのベストプレーヤーに対して暴言を吐いて、どうして誰も何も言わないのか?
あの日のステイプルズ・センターは半分近くが空席状態だった。つまり俺たちは“あの頃のクリッパーズ”だったのさ。メディアからすれば、俺たちはただのジョーク。みんな俺たちをピエロ扱いしていたんだよ。
そのくせ、スターリングの人種差別スキャンダルが明るみに出た途端、急にみんなが俺たちへの“意見”を口にし始めた。「クリッパーズのプレーヤーたちは○○すべきだ」なんてね。複雑な気分だったな。
スターリングの音声テープがリークした朝、目を覚ますと俺の携帯には50件近くのメールが入っていたんだ。まずベッドに寝ころびながら問題のテープを聞いてみた。彼の発言を実際に耳にして少しショックを受けたが、正直それほど驚きでもなかった。
そこから48時間、俺たちはウォリアーズとの白熱したプレイオフシリーズの最終決戦に向けて準備中だったんだが、俺の携帯はずっと鳴り止まなかった。いろいろな連中が、俺たちのやるべきことについて各々に口出しした。テレビをつけてみれば、メディアの人間が「クリッパーズは試合をボイコットすべきだ」、なんて語っている。
いいかい、テレビスタジオのコメンテーターたちにしてみれば、ボイコットを口にするのは容易いだろう。だけど俺たちプレーヤーは、これまでのキャリアで最も重要なプレーオフシリーズに向けて精神を研ぎ澄まそうとしているんだ。ボイコットを考えるなんて、それほど簡単じゃない。
「なあ、こんな騒動があったというのに、どうして君たちはまだスターリングのためにプレーしようと思うんだ?」、こんな馬鹿げたメールを送ってくる奴もいたな。それでようやく俺は携帯電話の電源をオフにした。
是非はさておき、俺の気持ちはこうだった: すべてをシャットアウトして、ファンのため、家族のため、そしてお互いのために戦おう。俺たちがスターリングのためにプレーしていたなんて考える人間がいたとは、なんとも荒唐無稽な話だよ。問題のテープがリークする前だってそうだ。別に俺たちは毎試合前に円陣を組んで、「いいかお前ら、今日はスターリングに勝利をささげるぞ!!」なんて掛け声をあげていたわけじゃないんだぜ。
でもね、もちろんスターリングはそっちの方向に話を捻じ曲げようとした。俺たちがウォリアーズとのシリーズに勝利した後、彼はCNNのインタビュー番組に出演したんだ。幸いにもアダム・シルバーコミッショナーの迅速な対応のおかげで、スターリングはすでにNBAから永久追放されていた。インタビューが放送された日は、ちょうどサンダーとのシリーズの真っただ中で、俺はクリス・ポールと一緒にトレーナー室でマッサージを受けていた。
スターリングはインタビュアーを見つめながら、真顔でこう発言したんだ:
「選手たちに聞いてくれ。私のプレーヤーたちは私を愛しているんだ!」
部屋の反対側にいた俺とポールは顔を見合わせて、ただただ必死に笑いをこらえたよ。
俺たちはみんな、スターリングの永久追放で事態が一件落着すると期待していたんだけどね。でも馬鹿馬鹿しいサーカスは終わらなかった。インタビューの翌日、試合前のロッカールームで記者が最初に投げかけてきた質問はこうだ:
「ブレイク、君はドナルド・スターリングを愛している?」
※ ※ ※
新オーナーのスティーブ・バルマーは、クリッパーズ買収後に行った最初の演説会ですごくエキサイトしていた。ステージの上を飛び跳ねながら、ファンたちとハイファイブしたり、俺たちとチェストバンプしたり…。メディアやインターネットはこれに食いついた。バルマーを笑い者にしようとしたんだ。どこもかしこもバルマーだらけ。彼のスピーチを部分的に抜き出してモンタージュにし、YouTubeにアップロードする輩もいた。
俺たちプレーヤーにしてみれば、あれは最高だったね。個人的には、ああいったタイプのクレイジーさは大好きだ。バルマーは何を代償にしても勝利を欲している。それに比べてスターリングは、「もし金がかかるなら勝利なんか二の次」というタイプだった。彼が出費をケチっていたのは選手に対してだけじゃない。
クリッパーズのトレーニングスタッフは何年もの間、あるコンピューターソフトを欲しがっていたんだ。選手の体をスキャンして、その成長具合をトラッキングできるハイテクなソフトだよ。結局スターリングは最後までソフト購入を認めなかった。
今年の夏、休暇明けに初めてクリッパーズのトレーニング施設に顔を出した時、スタッフたちの雰囲気が180度変わっていることに一瞬で気がついた。みんな笑顔だったんだ。警備員から事務職員、ゲームのオペレーションスタッフに至るまで、全員が幸せそうな表情をしていた。
みんなようやく終身雇用のポジションを手にすることができたんだ。スターリングの経営下では、すべての従業員が臨時職員だった。今は、お偉いさんから下っ端まで、「私たちは必要とされている」と感じることができるようになったんだ。
トレーナー室に入ると、スタッフたちは大はしゃぎしていたよ。そして自慢げに新しいボディースキャンのソフトをみせてくれた。バルマーは初日にソフトの購入を許可したんだ。
※ ※ ※
長年の間スターリングの素行を見て見ぬふりしてきたメディアたちが、今ではバルマーを笑いのネタにしようとしている。何とも皮肉な話だね。スティーブ・バルマーはすごくいい男だ。お菓子をくれるクールな父親って感じ。それに比べて、スターリングは得体の知れないオジサンってとこだな。
つい先日、誰かからこう質問された、「スターリングが球団を売却して20億ドル儲けたことに腹を立てていないのか?」 そりゃ、少しはね。だけど彼がいなくなったという事実だけで俺は十分に満足なんだ。
スターリングに引きずり回されたあのマリブでのホワイト・パーティーを思い出す度、俺の頭にはこんな言葉が浮かんでくる:
「この世の中には、金しか持たないとても貧しい人間がいる」
ソース:「The Players’ Tribune」