ドンチッチも憧れたユーロリーグのレジェンド、ヴァシリス・スパノウリスが現役引退
現地6月26日、ギリシャ出身のレジェンドPG、ヴァシリス・スパノウリスが現役引退を表明。ヨーロッパのバスケ界に多大な影響を与えたその輝かしい21年のキャリアに幕を下ろした。
1999年に17歳で地元ラリサの球団からプロデビューしたスパノウリスは、その数年後にギリシャA1リーグ屈指の若手選手としてブレイク。2004年NBAドラフトでダラス・マーベリックスから全体50位指名を受ける。
スパノウリスがNBAに挑戦したのは2006年。ヒューストン・ロケッツと3年契約を結んで2006-07シーズンに臨んだが、あまり活躍の機会を得られず、ルーキーイヤーは31試合のベンチ出場で2.7得点を平均。2007年のオフシーズンにサンアントニオ・スパーズへとトレードされた後に、本人の意志によりチームからリリースされた。
わずか1年でNBAへの挑戦を終えたスパノウリスは、そのまますぐにユーロリーグに復帰。その後15シーズンをパナシナイコスとオリンピアコスでプレイし、3度のユーロリーグ制覇に3度のファイナル4MVP受賞、2013年のシーズンMVP受賞など大成功を収め、「2010–20オール・ディケイド・チーム」(2010年代で最も活躍したユーロリーグ10選手)に1位の得票数で選出されている。
スパノウリスはユーロリーグでのキャリア15シーズンで12.4得点、4.5アシストを平均。キャリア通算得点(4182点)、アシスト(1607本)、フィールドゴール成功数(1403本)で歴代最多記録を残した。
アメリカを倒した男
またスパノウリスは、2004年のアテネオリンピックから10年以上にわたりギリシャ代表チームを牽引。代表キャリアでFIBAワールドカップでの銀メダル、FIBAユーロバスケでの金メダルと銅メダルを獲得している。
2006年世界バスケ(FIBAワールドカップ)のトーナメント準決勝では、若手時代のレブロン・ジェームズ率いるアメリカ代表相手にチーム最多の22得点をマーク。リードスコアラーとしてギリシャ代表を勝利に導き、歴史的な大番狂わせを起こした。
紛れもなくユーロリーグ史上最高の選手の1人であり、将来的なバスケットボール殿堂入りもほぼ確実。NBAで活躍する多くのヨーロッパ出身選手たちがリスペクトするレジェンドだ。
スーパースターのルカ・ドンチッチもスパノウリスに憧れて育った1人。レジェンド引退のニュースを受け、ドンチッチはTwitterに感謝のメッセージを綴っていた。
ユーロ時代のドンチッチは、子供の頃にアイドル的存在だったスパノウリスと同じ背番号7を着用。NBAでも同じ背番号を着たかったそうだが、マブス入団時にはすでにドワイト・パウエルが7番を着用していたため、「77」を選んだという。
参考記事:「Euro League」