メンフィス・グリズリーズとボンゴ・レディー
「ボンゴカム(Bongo Cam)」。メンフィス・グリズリーズの本拠地フェデックス・フォーラムを訪れるファンたちは、いつそれが始まるのかを知らない。第2Q終盤のブレイク中かもしれないし、第4Qクラッチタイムでのタイムアウトかもしれない。日によっては、それが起こらない試合さえある。
だがマイアミ・サウンド・マシーンのヒットソング『Conga』がスタジアムに流れると、観客たちは皆、中央の巨大電光掲示板に視線を注ぐ。ボンゴ・タイムの始まりだ。
スクリーンは観客席の映像に切り替わり、画面の下には打楽器ボンゴの画像。カメラに映り込んだファンたちは、リズムに合わせて各々のスタイルでエア・ボンゴを披露していく。
上の映像は、現地19日に行われたポートランド・トレイルブレイザーズ戦でのワンシーン。全身全霊でボンゴを叩いている女性は、長年のグリズリーズファンであるマレンダ・ミーチャムさんだ。メンフィスから車で30分ほどのミシシッピ州エルナンド市で裁判官を務める2児の母だが、グリズリーズコミュニティーの間では「ボンゴ・レディー」として知られている。街で見知らぬ人から記念撮影を求められるほどの人気者らしい。
「ボンゴカムはまるでエクササイズ。まじめな話、マラソンでも走ったかのような気分がします」
ボンゴカムを取り入れているスポーツアリーナはアメリカにたくさんあるが、グリズリーズのフェデックス・フォーラムほど盛り上がる場所は他にない。成功の主な理由はボンゴ・レディーにある、とチームのクリス・ウォレスGMは指摘する。
念のために付け加えておくと、マレンダさんは本物のボンゴ演奏者ではない。彼女のエア・ボンゴスキルはすべてが独学なのだ。上手くやるコツは、「スクリーンのボンゴにしっかりと手を添えること。多くのファンたちは手が離れているので、演奏が不自然に見えてしまう」とのこと。いかに本物っぽく見せられるかが重要らしい。もう1度、ボンゴ・レディーのドラムさばきを見てみよう。
「ボンゴカムはいつ始まるかわからない。だからウォームアップもできないんです」
ボンゴ・レディーのパフォーマンスを一段と際立たせているのが、隣に座る18歳の息子ヘイデン君の存在だ。マレンダさんがスクリーンに映し出されると、その横でいつも決まりの悪そうな苦笑いを浮かべて、うつむき加減になる。実の母親が大勢の前で狂喜乱舞する姿は、高校生の男子としてやはり恥ずかしいのかもしれない。
マレンダさんに連れられて定期的にグリズリーズの試合観戦に訪れるというヘイデン君だが、ボンゴ・タイムだけはあまり楽しい時間ではないと語る。
「少し慣れてきたかな。でもボンゴカムになると、母から怪物が飛び出すんです。本当に怖くなる時もありますよ」
グリズリーズがボンゴカムを採用したのは2012-13シーズンから。その初日に、ちょうど2人はフェデックス・フォーラムを訪れていた。ミュージックが流れるやいなや、マレンダさんは何かに憑りつかれたようにシートを立ち上がり、全力で体を動かし始めたそうだ。
「息子は隣で縮こまりながら呟いていたわ、『ああ神様、どうか母の姿を誰にも見られないようにしてください』ってね。するとカメラが私たちを捉えたんです」
この瞬間にボンゴ・レディーが誕生した。
その後マレンダさんは、同じシーズン中に何度もボンゴカムにフューチャーされることとなる。しばらくすると、ヘイデン君はスタジアムを訪れる際に必ず紙袋を持参するようになった。聞きなれた歌詞が場内のスピーカーから響き始めると、すぐに袋を頭にかぶって正体を隠すためだ。
ボンゴカムの途中でスクリーンにトニー・アレンが登場する。「どこにいるんだ、ボンゴ・レディー?」、すると次の瞬間、カメラはマレンダさんの座席にシフト。大歓声に包まれながら、ボンゴ・レディーのスーパーハイテンションなパフォーマンスがはじまる。
マレンダさんのエア・ボンゴには、コーチから指示を受けているタイムアウト中のプレーヤーたちでさえも気を取られてしまうことがあるそうだ。
「ついつい覗いてしまう」
– ジョン・ルアー、グリズリーズPF
「みんな大興奮さ」
– ジェフ・グリーン、グリズリーズSF
「マレンダさんがダンスしていない時でも、俺はいつも彼女に手を振る。デュース(ピースサイン)でご挨拶だ。すると彼女もデュースを返してくれる。愛だね」
– トニー・アレン、グリズリーズSG
ヘイデン君は今年の秋から大学進学のため実家を離れるという。マレンダさんの願いは、息子がいなくなってしまう前に、1度だけでいいからグリズリーズのホームコートで一緒にエア・ボンゴを奏でることだ。
参考記事:「NY Times」